ザビエルが出会った日本人

8月15日は聖フランシスコ・ザビエルが日本最初の宣教師として鹿児島に上陸した記念日である。ザビエルは日本の宗教と文化に偉大な影響を与えたが、彼が見た日本人はどんな人間だったのか。発達した物質文明や強欲な資本主義体制によって「世俗化」した現在の日本人とは異なる、もっと純粋な日本人だったのではないか。

聖フランシスコ・ザビエルさま上陸の図

聖フランシスコ・ザビエルさま上陸の図

事実、ザビエルが見た当時の日本人は、知識欲旺盛な日本人であった。河野純徳神父の著『聖フランシスコ・ザビエル全生涯』によると、当時マラッカにいたザビエルは、最近発見された日本から帰った商人から、「日本人はインドの異教徒には見られないほど知識欲がある」と聞いていたが、1547年12月、アンジロウなど3人の日本人に実際に出会ったザビエルは、商人たちが話す通り、「日本人はもっとも知識欲の旺盛な民族である」と確信し、日本人への福音宣教を思い立つに至ったという。

「日本へ渡航して宣教したら日本の人々は信者になるだろうか」と問うザビエルに対して、アンジロウは答えている。「自分の故郷鹿児島ではすぐに信者にはならず、まず初めにいろいろ質問し、宣教者の知識がどれほどあるか、そして言っていることと生活態度が一致しているかどうかを観察するだろう。こうして半年ぐらい様子を見て、領主や武士たち、そして一般の人々も、キリスト信者になるかどうかをよくよく考えたのち、判断するだろう。日本人は理性によってのみ導かれるから」(ザビエル書簡59)。

古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、「人間は知ることを欲する」と言ったそうだが、人間が知りたいのは何よりも真理であり、真理とは「人間とは何か、人間はどこから来てどこへ行くのか」という人生の究極の意味と目的を知ることである。ザビエルの出会った知識欲旺盛な鹿児島の人々も、人生の究極の意味と目的を知りたいと望んでおり、キリスト教信仰の合理性を理解すれば、信仰を受け入れるに違いないのである。

鹿児島で実際に宣教を始めたザビエルは、日本人との接触の感慨を次のように書簡で述べている。「この国の人々は善良で社交性があり、知識欲は極めて旺盛である。大部分の人々は読み書きができるので、祈りや教理を短時間に学ぶのにいっそう役立つだろう。彼らは喜んで神のことを聞き、理解した時は、たいへんな喜びようである。日本人は道理にかなったことを聞くのを喜び、悪習や罪について理由をあげて説明すれば、これをよく理解し、道理にかなったことを成すべきであると考える」(ザビエル書簡90)。

こうして、ザビエルが持ってきたキリスト教は、「鹿児島上陸のときには歓迎され、アンジロウの活躍で(ザビエル書簡90)およそ100名が信者になった(ザビエル書簡96)が、仏僧たちの反対運動で事態は変わり、領主貴久は僧侶たちの要求を容れ、誰も信者になってはならないと布告する。ザビエルによれば、日本人はキリスト教の真理を理解し、自分たちの宗教の誤謬を認めていたが、領主の命に反し死罪を覚悟の上で信者になろうとはしなかった。ザビエルは、もしも僧侶たちが妨げなかったなら、鹿児島ではほとんどの人が信者になったに違いない(ザビエル書簡96)と述懐している。

聖書には、人間の理性は自然界を通して神の認識に至ることができると宣言している。「神の永遠の力や神性のような、神についての目に見えない事柄は、宇宙創造の時から、造られた物を通して明らかに悟ることができます」(ローマ1,20)。「哲学の対象である自然は、神の啓示の理解に寄与しうるのである」(ヨハネ・パウロ2世『信仰と理性』43)。ザビエル以下の宣教師たちも、天地の創造者である神の存在を理性の推理を通して説明し、多くの日本人がそれを受け入れ、また、神の啓示であるキリスト教を信じるに足る真理として受け入れたのである。

知識欲が旺盛で、道理を推した神の証明を受け入れるという日本人の本性は、21世紀の今も変わらないことをわたしは確信している。多くの日本人が、いまや物質文明に心を捕われているように見えるが、道理を尽くして解き明かせば、神の信仰に目覚めることは必定である。われわれは自信をもってこのことを認め、あらゆる機会をとらえて福音の宣言(ケリグマ)に努めなければならないと思う。2015年の夏の想いである。

カトリック鹿児島司教区名誉司教・糸永真一司教のカトリック時評2015年7月25日号から転載