教区の皆さま、お元気でしょうか?10月8日は私の満2年の司教叙階記念日です。アッという間に過ぎ去った2年間でした。この間にいただいた皆様のお祈りとご協力に感謝申し上げます。
イエスのことばをもとに、信仰の方向性を
さて、今回は私たちの信仰について、現状を考察し、未来に向けた方向性を分かち合いたいと思います。基礎になるのはもちろんイエスの言葉です。
「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである」(マタイ5・17)。
律法というのは、言うまでもなく「神の十戒」のことです。
この「十戒」はイスラエルの民がエジプトでの奴隷の状態から解放され、自由な身分になった時、民の指導者モーセが神から賜ったものです。神が授与する前に、次のような導入があります。
「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」(出エジプト20・2)。
つまり、イスラエルの民をエジプトの奴隷状態から導き出したのはモーセではなく、わたしである、という主張です。
爾後、イスラエルの民は、この神の十戒に従って国造りをすることになりますが、その内容を思い出してみましょう。
キリスト者の基本「神の十戒」をあらためて
1戒 わたしのほかに神があってならない。
2戒 あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
3戒 主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
4戒 あなたの父母を敬え。
5戒 殺してはならない。
6戒 姦淫してはならない。
7戒 盗んではならない。
8戒 隣人に関して偽証してはならない。
9戒 隣人の妻を欲してはならない。
10戒 隣人の財産を欲してはならない。
(カトリック教会のカテキズム要約 223~225ページ)
イエスは、この律法を廃止するのではなく、完成するために来たと言われます。私たちは、この律法が、完全に履行されていない現実の社会の中で実際に生活しています。キリスト信者として、これらの律法を完全に実践している人もいれば、誘惑が多くて、なかなか実践できないと苦しんでおられる人もおられることでしょう。律法を廃止するのではなく完成させるために、私たちは「最も重要な掟」(マタイ22・34~40)を実践いたしましょう。
偽預言者でなくキリストの声に聞き従おう
次に預言者についてお話します。預言者とは、神に召され、民の為政者の元に遣わされた者で、彼らが「神の十戒」に違反している事柄を指摘し、軌道修正するように注意を促す使命をゆだねられた人たちのことです。
現代は、情報化社会(第4次産業革命)と言われて久しいです。それは、さまざまに情報が大衆マスコミ(新聞、ラジオ、テレビ)だけではなく、SNS(社会ネットサービス)を通して社会に拡散している社会のことです。そこでは、各人は自分に関心のある事柄や好みの情報のみを選択し、自分に都合の悪い情報は無視できる環境にあります。教皇フランシスコは、世界の貧困に苦しんでいる人々に無関心であってはならないと勧告している一方で、「SNS」上での「うわさ話」には加担しないようにとの注意も促しています。
神の十戒の話に戻りますが、最初の3戒は神に対する人間の側の義務です。
4戒から10戒までは社会生活が円滑に回るためのルールです。社会の中で1戒でも無視され、履行されないなら、社会に不和が生じ、分裂し、戦争が始まります。私たちはキリスト信者として、偽預言者にではなくキリストの声に聞き従いたいものです。
鹿児島カトリック教区報2020年10月号から