歴代教区長

F.ザビエル中野裕明司教の略歴

2018年10月8日叙階

中野裕明鹿児島司教

中野裕明鹿児島司教

2018年10月8日叙階

  • 1951年4月15日 鹿児島市生まれ
  • 1978年4月 2日 司祭叙階
  • 1978年4月 司教館付き 教区広報担当
  • 1981年4月 鴨池教会助任司祭
  • 1984年4月 ローマ・ウルバノ大学留学 教義学専攻
  • 1988年7月 玉里教会主任司祭
  • 1990年2月 教区事務局長
  • 1990年4月 広報担当司祭
  • 1990年5月 鹿児島カトリック婦人連合顧問司祭
  • 1994年2月 南九州小神学院院長
  • 1996年4月 聖心教会主任司祭
  • 2006年4月 教区事務局長、会計係
  • 2009年4月 ザビエル教会主任司祭、教区事務局長
  • 2010年4月 教区本部付
  • 2011年4月 志布志教会主任司祭・同幼稚園園長
  • 2011年8月 日本カトリック神学院福岡キャンパス養成者
  • 2012年4月 同神学院東京キャンパス養成者
  • 2013年4月 同神学院副院長
  • 2018年2月 同神学院院長
  • 2018年7月7日、教皇フランシスコが被選司教に任命

中野司教の紋章

中野裕明司教の紋章

Quaerite autem primum regnum Dei et justitiam eius
まず、神の国とその義を求めよ(マタイ6・33)

「まず」とは日常生活での優先順位を指します。思い悩むなというイエスの諭し
(マタイ6・25〜34)の結論として、「何よりもまず」(新共同訳)あるいは、「何はさておき」という意味です。
「神の国」とは本質的にはキリストにおいてすでに始まった終末的な国ですが、同時に各時代の人々とともに発展してゆくものです。愛と正義と平和と真理によって成り立っている神の支配を指します。
「神の義」とは人類を救おうとする神の憐れみあふれる誠実を意味します。同時にそれは、人間に要求する通りの義を人間の中に作り出していく恵みでもあります。

【紋章の説明】

手を広げているキリストは愛、はかりは正義、鳩は平和、聖書は真理のシンボルです。背景の赤は日本に初めてキリストの福音をもたらした聖フランシスコ・ザビエルの情熱を表し、青は海の色と同時に、神との対話に沈潜する祈りを表現しています。
紋章の十字架についている5 つの赤い点はキリストの十字架上での5 つの傷を象徴しています。

 

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パウロ郡山健次郎司教

在任期間2006.1~2018.10

koriyama

ローマ教皇庁は、ローマ時間12月3日正午、日本時間12月3日午後8時、鹿児島司教区の新司教にパウロ・郡山健次郎神父(63歳)を任命したと発表した。

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パウロ糸永真一司教

在任期間1970~2006.1

itonaga40歳の若さでの司教就任。36年もの永きに亘って鹿児島教区の霊父として勤めた。それだけに、残した功績は多い。何よりも、公会議後の教会の新しいあり方と見える形を整えたことは、日本16教区中、最速を誇る。

  • 司祭の給料制による平等化。この制度は、幼稚園や高校大学からの給料も全てプールすることではじめて実現する。未だに、司祭の貧富の差を克服できない教区があることに驚く。鹿児島教区の司祭団の一人として最も誇らしく思うことの一つだ。
  • 班制度の導入
  • 司牧評議会の設置
  • 二年に一度の教区評議会
  • 経済の自立
  • 信徒倍増論。日本中の度肝を抜いたほどにインパクトがあった。
  • ザビエル渡来450周年記念祭。大成功を収め、そのものずばり、「ザビエル450」と屋号を変えたホテルまで現れた。
  • その他数え上げたらキリがない。

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里脇浅次郎司教

1955年~1968年

1955年2月25日鹿児島知牧区は司教区に昇格、初代司教には里脇浅次郎師が任命され、1955年5月3日司教に叙階された。
1968年12月19日里脇司教は長崎大司教に任命されて転出

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