カレンダー

12月
6
みことばを祈る集い @ 鹿児島カテドラル・ザビエル教会
12月 6 @ 10:00 AM
12月
11
カトリック教師の会 @ 教区本部
12月 11 @ 3:00 PM – 5:00 PM

鹿児島カトリック教師の会

日時:12月11日(日)15:00~16:30
場所:鹿児島教区本部2F 会議室(+オンライン参加)
対象:カトリック信者の教職員、およびカトリックの精神に共鳴する教職員

講 師:鈴木康由神父(聖心教会)
テーマ:「正統と異端の分水嶺―ミサは命ある者の希望の先取り―」
内 容:講話(50分程度)と懇談
申 込:QRコードのフォームから12月10日(土)までに。初めての
方は勤務校もお知らせください。その他お問い合わせは
kago.cath.kyoushi@gmail.com
(担当・霧島彬神父)まで。

12月
17
青年・中高生・小学生のための赦しの秘跡 @ 鴨池教会
12月 17 @ 5:00 PM – 7:00 PM

と  き:12月17日(土)午後5時~7時
場  所:鴨池教会聖堂
聴罪司祭:ビアンネ神父( 青年会担当)、貴島神父

※赦しの恵みに与かって清い心をイエス様にささげましょう。付き添いの保護者の方もどうぞ!

12月
25
オリーブの会及び共にこの道 @ 教区本部
12月 25 @ 2:00 PM – 4:00 PM
12月
29
教区本部仕事納め
12月 29 2022 – 1月 4 2023 終日
1月
1
世界平和の日
1月 1 終日

平和のために祈りましょう

福者パウロ6世は1967年12月8日、ベトナム戦争が激化するなか、来る1月1日を平和の日とし、平和のために特別な祈りをささげるよう呼びかけました。それ以来、全世界のカトリック教会は毎年1月1日を「世界平和の日」とし、戦争や分裂のない平和な世界が来るように祈っています。

平和はキリスト教そのものに深く根ざしています。キリスト者にとって平和を唱えることは、キリストを告げ知らせることにほかなりません。新年にあたって「信仰の原点に立ち戻り、すべての善意ある人々と手をたずさえて、平和な世界の実現に向かって、カトリック信者としての責任を果たしていく」(日本司教団『平和への決意』)ことができるよう決意を新たにしたいと思います。

カテドラルでの中野司教のミサをライブ配信いたします。

2月
11
世界病者の日
2月 11 終日

世界病者の日教皇ヨハネ・パウロ二世は、1984年2月11日(ルルドの聖母の記念日)に使徒的書簡「サルヴィフィチ・ドローリス|苦しみのキリスト教的意味」を発表し、翌年の2月11日には教皇庁医療使徒職評議会(現・保健従事者評議会)を開設しました。そして1993年からこの日は「世界病者の日」と定められ、毎年教皇メッセージが発表されています。

病者がふさわしい援助を受けられるように、また苦しんでいる人が自らの苦しみの意味を受け止めていくための必要な助けを得られるように、カトリックの医療関係者だけでなく、広く社会一般に訴えていかなければなりません。医療使徒職組織の設立、ボランティア活動の支援、医療関係者の倫理的霊的養成、病者や苦しんでいる人への宗教的な助けなども重要な課題です。

2017年の世界病者の日の教皇メッセージです。

8月
6
日本カトリック平和旬間
8月 6 – 8月 15 終日

1981年、聖ヨハネ・パウロ2世教皇は広島で、「過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことである」と述べられました。

戦争を振り返り、平和を思うとき、平和は単なる願望ではなく、具体的な行動でなければなりません。そこで日本のカトリック教会は、その翌年、もっとも身近で忘れることのできない、広島や長崎の事実を思い起こすのに適した8月6日から15日までの10日間を「日本カトリック平和旬間」と定めました。

「平和旬間」に広島教区と長崎教区では、全国から司教をはじめとして多くの信者が集まり、「平和祈願ミサ」がささげられます。

各教区でも、平和祈願ミサや平和行進、平和を主題とした映画会、講演会、研修会、平和を求める署名などが行われます。

 

2019年平和旬間 日本カトリック司教協議会会長談話
平和は「すべての人の全人的発展の実り」

1981年2月25日、聖ヨハネ・パウロ二世教皇は、広島で鮮烈な平和アピールをなさいました。そのアピールに呼応して日本の教会は翌年から「日本カトリック平和旬間」(8月6日~15日)をもうけて、平和について考え、平和のために祈り行動するよう努めてきました。「広島平和アピール」から38年9カ月後の今年11月、教皇フランシスコが日本を訪問され、新たな平和メッセージを世界に向けて発信してくださるものと期待しています。

教皇フランシスコは、就任以来、折に触れて平和と核兵器廃絶について発言してこられました。2017年7月7日、国連総会で「核兵器禁止条約」という画期的な条約が採択されました。これに先立つ3月23日に、教皇は国連総会に次のようなメッセージを送られました。テロ、軍事力の差のある者同士の紛争、情報の安全確保、環境の問題、貧困などは、複雑に絡み合って、現代世界の平和と安全を脅かしています。しかし核の脅威はそのような課題に効果的に応えることはできません。恐怖に基づく安定は、実際には恐怖をさらに増し、諸国民の信頼関係を損なうだけです。もしそうなら、その安定をどれだけ維持できるか自問すべきです。「国際平和と安定は、互いの破壊または全滅の脅威とか、単なる力の均衡の維持といった、誤った安心感の上に成り立ち得ません。平和は、正義、人間の全人的発展、基本的人権の尊重、被造物の保護、すべての人の社会生活への参加、諸国民間の信頼、平和を重んじる制度の促進、教育と福祉の恩恵に浴すること、対話と連帯の上に築かれなければなりません。」なお、バチカンは「核兵器禁止条約」を最初に批准した三カ国の一つですし(9月20日)、11月には国際会議「核兵器のない世界と総合的軍縮への展望」を主催しました。

教皇フランシスコによると、「すべての人の全人的発展」とは、諸国民の間に経済格差や排除がないこと、社会がだれ一人排除されず、だれもが参加できる開かれたものであること、人間の成長発展になくてはならない経済、文化、家庭生活、宗教などが保障されること、個人が自由であると同時に共同体の一員であること、一人ひとりに神が現存されることなどを意味します。平和は、この「すべての人の全人的な発展の実り」として生まれるのです(使徒的勧告『福音の喜び』219)。従って、世界の平和と安全を築き確かなものとするためには、核兵器廃絶によって核の脅威を払拭するだけではなく、それと同時にすべての人があらゆる面でより豊かにされていく必要があるということです。

教皇とともに、核兵器廃絶の実現を求めつつ、すべての人の全人的発展に深くかかわることによって平和をつくっていくことができるよう、平和の神に熱心に祈り、それぞれができることから始めるようにいたしましょう。

2019年7月7日
日本カトリック司教協議会会長
カトリック長崎大司教 髙見 三明

9月
1
すべてのいのちを守る月間
9月 1 – 10月 4 終日

2021年 すべてのいのちを守るための月間

日本カトリック司教協議会会長談話
「神の住まい、地球共同体を一新しよう」

「すべてのいのちを守るための月間」は、教皇のご意向によって2020年から実施されるはずでしたが、新型コロナウイルス感染防止のため中止となりました。今年は、教皇庁人間開発のための部署が発表したテーマ ―「皆のための家?神の住まいを一新する。」― をほぼそのまま紹介して会長談話とさせていただき、全教会と歩みを共にできたらと思います。>>>続きを読む

1月
1
世界平和の日
1月 1 終日

平和のために祈りましょう

福者パウロ6世は1967年12月8日、ベトナム戦争が激化するなか、来る1月1日を平和の日とし、平和のために特別な祈りをささげるよう呼びかけました。それ以来、全世界のカトリック教会は毎年1月1日を「世界平和の日」とし、戦争や分裂のない平和な世界が来るように祈っています。

平和はキリスト教そのものに深く根ざしています。キリスト者にとって平和を唱えることは、キリストを告げ知らせることにほかなりません。新年にあたって「信仰の原点に立ち戻り、すべての善意ある人々と手をたずさえて、平和な世界の実現に向かって、カトリック信者としての責任を果たしていく」(日本司教団『平和への決意』)ことができるよう決意を新たにしたいと思います。

カテドラルでの中野司教のミサをライブ配信いたします。

2月
11
世界病者の日
2月 11 終日

世界病者の日教皇ヨハネ・パウロ二世は、1984年2月11日(ルルドの聖母の記念日)に使徒的書簡「サルヴィフィチ・ドローリス|苦しみのキリスト教的意味」を発表し、翌年の2月11日には教皇庁医療使徒職評議会(現・保健従事者評議会)を開設しました。そして1993年からこの日は「世界病者の日」と定められ、毎年教皇メッセージが発表されています。

病者がふさわしい援助を受けられるように、また苦しんでいる人が自らの苦しみの意味を受け止めていくための必要な助けを得られるように、カトリックの医療関係者だけでなく、広く社会一般に訴えていかなければなりません。医療使徒職組織の設立、ボランティア活動の支援、医療関係者の倫理的霊的養成、病者や苦しんでいる人への宗教的な助けなども重要な課題です。

2017年の世界病者の日の教皇メッセージです。

8月
6
日本カトリック平和旬間
8月 6 – 8月 15 終日

1981年、聖ヨハネ・パウロ2世教皇は広島で、「過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことである」と述べられました。

戦争を振り返り、平和を思うとき、平和は単なる願望ではなく、具体的な行動でなければなりません。そこで日本のカトリック教会は、その翌年、もっとも身近で忘れることのできない、広島や長崎の事実を思い起こすのに適した8月6日から15日までの10日間を「日本カトリック平和旬間」と定めました。

「平和旬間」に広島教区と長崎教区では、全国から司教をはじめとして多くの信者が集まり、「平和祈願ミサ」がささげられます。

各教区でも、平和祈願ミサや平和行進、平和を主題とした映画会、講演会、研修会、平和を求める署名などが行われます。

 

2019年平和旬間 日本カトリック司教協議会会長談話
平和は「すべての人の全人的発展の実り」

1981年2月25日、聖ヨハネ・パウロ二世教皇は、広島で鮮烈な平和アピールをなさいました。そのアピールに呼応して日本の教会は翌年から「日本カトリック平和旬間」(8月6日~15日)をもうけて、平和について考え、平和のために祈り行動するよう努めてきました。「広島平和アピール」から38年9カ月後の今年11月、教皇フランシスコが日本を訪問され、新たな平和メッセージを世界に向けて発信してくださるものと期待しています。

教皇フランシスコは、就任以来、折に触れて平和と核兵器廃絶について発言してこられました。2017年7月7日、国連総会で「核兵器禁止条約」という画期的な条約が採択されました。これに先立つ3月23日に、教皇は国連総会に次のようなメッセージを送られました。テロ、軍事力の差のある者同士の紛争、情報の安全確保、環境の問題、貧困などは、複雑に絡み合って、現代世界の平和と安全を脅かしています。しかし核の脅威はそのような課題に効果的に応えることはできません。恐怖に基づく安定は、実際には恐怖をさらに増し、諸国民の信頼関係を損なうだけです。もしそうなら、その安定をどれだけ維持できるか自問すべきです。「国際平和と安定は、互いの破壊または全滅の脅威とか、単なる力の均衡の維持といった、誤った安心感の上に成り立ち得ません。平和は、正義、人間の全人的発展、基本的人権の尊重、被造物の保護、すべての人の社会生活への参加、諸国民間の信頼、平和を重んじる制度の促進、教育と福祉の恩恵に浴すること、対話と連帯の上に築かれなければなりません。」なお、バチカンは「核兵器禁止条約」を最初に批准した三カ国の一つですし(9月20日)、11月には国際会議「核兵器のない世界と総合的軍縮への展望」を主催しました。

教皇フランシスコによると、「すべての人の全人的発展」とは、諸国民の間に経済格差や排除がないこと、社会がだれ一人排除されず、だれもが参加できる開かれたものであること、人間の成長発展になくてはならない経済、文化、家庭生活、宗教などが保障されること、個人が自由であると同時に共同体の一員であること、一人ひとりに神が現存されることなどを意味します。平和は、この「すべての人の全人的な発展の実り」として生まれるのです(使徒的勧告『福音の喜び』219)。従って、世界の平和と安全を築き確かなものとするためには、核兵器廃絶によって核の脅威を払拭するだけではなく、それと同時にすべての人があらゆる面でより豊かにされていく必要があるということです。

教皇とともに、核兵器廃絶の実現を求めつつ、すべての人の全人的発展に深くかかわることによって平和をつくっていくことができるよう、平和の神に熱心に祈り、それぞれができることから始めるようにいたしましょう。

2019年7月7日
日本カトリック司教協議会会長
カトリック長崎大司教 髙見 三明

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