司教の手紙

司教の手紙④---8月15日を「キリスト教伝来記念日」として祝う

投稿日:2019年4月30日 更新日:

皆様お元気でしょうか。鹿児島教区はこれまで「ザビエル上陸記念祭」を8月中に日時を変えて祝ってきましたが、今年(渡来470年)から、8月15日に固定したいと思います。その理由をお話しします。

8月15日は①聖母被昇天の祭日、②終戦記念日、③日本の教会主催の平和旬間の最終日、④聖フランシスコ・ザビエルの鹿児島上陸の日、⑤盆(死者の霊を祭る仏事)の五つの記念すべき事柄が集中している日になっているため「人が集まりにくい」「どの点を強調したらいいのかまとまらない」などの理由により、開催日時の検討がなされ、他の日に移動していました。多分、参加者が一番集まりやすい日、ということがその理由かと思われます。しかし私は、これらの五つの事柄の意味をそれぞれ検証して、つなぎ合わせればいいのではないかと考えました。

まず、⑤盆は、カトリックでは死者のためには11月に祈るので省きます。②は戦没者慰霊の日という意味合いがあるので、⑤盆と繋がりますので省きます。③は広島平和記念日(6日)から始まり、長崎原爆の日(9日)を経て戦争終結の日に繋がるので、日本の司教団は、この10日間を「平和旬間」と定め、平和の意味を考え、平和を実現する人(マタイ5・9)が増えるようキャンペーンをしているわけですので残します。①聖母被昇天祭と④聖フランシスコ・ザビエルの上陸の日も繋がっています。聖ザビエルの書簡によると「一五四九年八月、聖母の祝日(15日)に到着した」(聖フランシスコ・ザビエル全書簡471ページ6行)と記されています。(15日)はおそらく訳者注だと思われます。

なぜなら聖母被昇天の祭日が信仰箇条に加えられたのは1950年教皇ピオ12世によるもので、その時8月15日が祝日として定められたからです。実は聖母マリアが、死後霊肉ともに天にあげられたという教えは12~13世紀の頃からカトリックの世界に広まっており、それを全世界の教会で信ずべき教義として公布したのが教皇ピオ12世だったというわけです。なぜ教皇が1950年の時点で、聖母の被昇天を教義として公布したかといえば、忌まわしい第2次世界大戦の開始から数えて10年後、教会が人類の憎悪を掻き立てる悪魔の奸計に二度とはまることなく死後霊肉ともに天にあげられた聖母マリアを賛美しながら、教会の表象である聖母マリアに倣い、その執り成しを記念するようにとの教皇の熱い思いがあったからだといえます。

こう考えると、聖ザビエルがその書簡に鹿児島上陸の日が偶然にも聖母の祝日であったこと、しかもそのことを2度も記していることなどから、聖母に感謝したに違いないと思います。そしてその日は、わが日本国民にとって終戦の日、その日を境にもうこれからは戦争をしません、平和を構築しますと誓う日であります。実に福音がもたらされた日であるのです。その意味で、その日を「キリスト教伝来の記念日」と称したいと思います。なお、蛇足ながら、聖ザビエルの上陸記念碑は下関にもあるため、インパクトが薄れてきたという印象がぬぐえません。あしからずお許し下さい。

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