司教の手紙

司教の手紙⑨---みんなが宣教者

更新日:

皆様お元気でしょうか?
今回は、教会の3つの柱の3本目である「派遣」について考えてみます。

派遣は誰から、誰に向かって、どのような方法で?

ミサの最後に「感謝の祭儀を終わります。行きましょう、主の平和のうちに。」という司祭の言葉を持って、ミサは閉祭します。ミサ(missa)は元来ラテン語(mittere)から派生した、散会された、という意味を持っています。さらに、同じ語源から、missio(ラテン語)が生じ、英語のミッションとなって日本語になりました。ミッション・スクールやミッショナリー(宣教師)は、従って、派遣された学校、派遣された者、という意味になります。名は体を表す、と言いますので、この「派遣」は誰から、誰に向かって、どのような方法で、なされるのかについて考えます。

派遣元は御父である

①誰から?
「『父がわたしをお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす。』そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。』」(ヨハネ20・20)

復活の日の夕方、イエスは弟子たちに現われて、このように言われました。ここで分かるように、派遣元は天の御父です。御父は、御子と聖霊で弟子たちを包み込みます。御子と聖霊はまるで御父の両腕のようだと考えることができます。

宣教師というと、入国管理事務所の理解では、外国からやってこられる方々を指します。「宣教師ビザ」を発行するためです。しかし、教会では父と子と聖霊の名による洗礼と堅信を受けた人は皆さん宣教者なのです。自分の体に十字架のしるしを記すとき、そのことを思い出しましょう。

すべての造られたものに

②誰に向かって?
「全世界へ行ってすべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16・15)

イエスの思いは、全人類が幸せになることですが、「すべての造られたもの」には人間だけではなく自然界全体が含まれていることを想起しましょう。また福音とは「キリストご自身」と言い換えることができます。このことは、例えば「神の子イエス・キリストの福音の初め」(マルコ1・1)とか、「この福音は神が既に聖書の中で預言者を通して約束されたもので、御子に関するものです」(ローマ書1・2)とかの聖書の文脈の中で理解できます。ところで「福音」とは良い知らせという意味ですが「自分にも他人にとっても福音である」と言っても、そこで言われている福音はイエス・キリストとどんな関係があるのかを吟味する必要があるように思えます。

自分の知恵や能力ではなく、神のわざと力に頼る

③どのような方法で?
「神は、宣教という愚かな手段によって信じるものを救おうと、お考えになったのです。」(Ⅰコリント1・21)

この文章は、大宣教師聖パウロの言葉です。彼は、知恵のあるギリシャ人への宣教で大変苦心しました。「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシャ人は知恵を探しますが、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。」(同1・22~23)

宣教者は自分の知恵や能力に頼りません。かえって、自分を救ってくださった神のわざ、力に頼るのです。レデンプトール会の会則にあるそうです。「会員は病床でも宣教師である」と。

お勧めの記事

中野裕明司教の紋章 1

新型コロナパンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻という歴史的な変容の中で、主イエスの復活を黙想し、その意味を明かしていくことはとても意義深いことです。今回はこの復活祭の意味についてお話ししたいと思います。

中野裕明司教の紋章 2

中野裕明司教は2月28日、鹿児島の全教区民に日本カトリック司教協議会(会長=菊地功大司教)の会長談話を告知するとともに、ウクライナの平和のために「日本の教会と心を合わせて祈りましょう」と、呼びかけまし ...

中野裕明司教の紋章 3

教区の皆さま、お元気でしょうか。 今年の四旬節も新型コロナウイルス禍の中で過ごすことになりそうです。そこで今回はイエスの教えとウイルスについてお話します。 「ウイルス」という言葉が、マスコミで多用され ...

中野裕明司教の紋章 4

2月25日、私たちは「教区創立」67周年を迎えます。教区創立とは、教区司教が任命され、教会法的に言うなら、世界に広がる「普遍教会」の中の、一つの部分教会として認められたということです。この機会に鹿児島教区のことを3つの視点から皆さんと分かち合いたいと思います。

中野裕明司教の紋章 5

日本で初めて、ザビエルさまを迎え入れた鹿児島教区として、ザビエルさまの聖徳、すなわち「聖人としての証」についてご一緒に考えてみたいと思います。

中野裕明司教の紋章 6

今回はクリスマスを迎える準備として、マリア様とヨセフ様のことに思いを馳せながら信者としての生き方を求めていきたいと思います。

中野裕明司教の紋章 7

この世に存在しながら、神の国の建設を目指すわたしたちは、神のみ旨を追求するために、神の言葉への回帰に努めたいと思います。この日に始まる「聖書週間」はその良い機会になるのではないでしょうか。

-司教の手紙
-

Copyright© カトリック鹿児島司教区 , 2022 All Rights Reserved Powered by STINGER.