司教の手紙

司教の手紙㉒聖書とわたし。大事にしたい三つの要点

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教区の皆さま、お元気でしょうか?

今回は15日から始まる聖書週間に寄せてお話します。

教皇ベネディクト十六世の使徒的勧告「主のことば」(カトリック中央協議会2012年出版)から示唆を得た3つの要点についてお話しします。

要点その1.「みことば」と「神のことば」の使い分けを自覚すること

ミサの時、第一朗読と第二朗読の後に侍者は、「神のことば」と唱えますが、福音朗読の後司祭は、「主のことば」と唱えます。

それは「神のことば」はイエス・キリストについての「聖書のことば」であり、「主のことば」はイエスご自身の語った「ことば」を意味しているからです。さらに言うならば、聖書では「ことば」はギリシャ語のロゴスで単数形。「言葉」はロゴスの複数形になっています。私たちは日常的に言葉を通して、自分の意志や、考えを他人に伝えますが、神も同じようになさっています。

「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで、先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によって私たちに語られました。」(ヘブライ人への手紙1章1~2節。新共同訳)

因みに、ここで言われている「御子」は冠詞付きのロゴスです。すなわち、「初めに言(ことば)があった。言(ことば)は神と共にあった言(ことば)は神であった」(ヨハネ福音書1章1節 新共同訳)の「ことば」で、わたしたちはこの「ことば」を救い主イエス・キリストと信じ、愛し、礼拝しているのです。

要点その2.「神のことば」はこの世に豊かに蒔かれる

「種を蒔く人」のたとえ話(マタイ13・1~9、マルコ4・1~9、ルカ8・4~8)は大勢の群衆に向けて語られたたとえの一つです。

種とは、「神のことば」です。それらは、良い土地のみとか、蒔く数量とか、効率のみを計算してもくろむ成果主義の形態とは大きく異なります。神のことばは、それ自体に命を宿しているので、それをどう育て収穫を得るかは、それを受け取る側にゆだねられているのです。福音宣教の成果に左右されることなく、たゆまなく、かつ、出し惜しみすることなく「神のことば」を蒔き続けることは大事なことだと思います。

又、わたしは、諸宗教対話の集いで、「放蕩息子のたとえ」を初めて聖書に触れた仏教徒の方々と分かち合ったことがあります。そして、素晴らしい解釈をなさると感心した記憶があります。ひるむことなく蒔くことも大事です。

要点その3.「教会は神のことばの上に築かれます。教会は神のことばから生まれ、神のことばによって生かされます。」(「主のことば」3番参照)

かつて、イタリアで、教会の特徴として、プロテスタント教会は「ことばの教会」、対して、カトリック教会は「秘跡の教会」と呼ばれているのだ、とイタリア人司祭から聞いたことがあります。

第二バチカン公会議後、教会再一致運動(エキュメニズム)に加盟したカトリック教会は、聖書に親しむように信者を促すために、このような聖書週間を設けているのだと思います。

上記の文言「教会は神のことばの上に築かれます。教会は神のことばから生まれ、神のことばによって生かされます」は現在の日本の教会にとって、最重要なテーマであると考えます。

上記の文言を実現するためには、「神のことば」(聖書)の分かち合いを実践するしかないと思いますし、実際、教会の中で、活発に宣教しているグループは大概聖書の分かち合いをしています。福音宣教をする信徒を育てたいなら、聖書の分かち合いが最適だと思います。

また、聖書に親しむためには聖書講座などで、講師の司祭から聖書の解説を承ることもでき、信仰に忠実な信徒が育つかもしれませんが、「みことば」に支えられて生きるためにはそれだけでは不十分です。個人で全聖書を通読することも大きな力になります。

最後に、「聖書を知らないことは、キリストを知らないこと」と言い放ったのは、ギリシャ語聖書(70人訳)をラテン語に翻訳した聖ヒエロニムス(4世紀)です。聖書を読んで、もっとキリストと親しくなりましょう。

鹿児島カトリック教区報2020年11月号から

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