司教の手紙

司教の手紙 56 ミサのカテケージス ⑤(最終回)

投稿日:

鹿児島教区司教 中野裕明

教区の皆さま、お元気でしょうか。

ミサの核心部分、聖変化について

今回はミサの核心部分についてお話します。それは、聖変化の所です。司祭はカリスを取り、祭壇上に少し持ち上げて唱えます。

「皆、これを受けて飲みなさい、これはわたしの血の杯、あなたがたと多くの人のために流されて罪のゆるしとなる新しい永遠の契約の血である。これをわたしの記念として行いなさい。」

この言葉は、最後の晩餐の時にイエスが発した文言です。叙階の秘跡を受けた司祭だけがこの言葉を発します。

司祭は、キリストに成り代わって、(inPersonaChristi)この言葉を発します。それは、2000年前に発せられたイエスの言葉が今、その場で再現されるためです。

流れる時間(ギリシャ語でクロノス)の中で発せられたイエスの言葉が、時間を超えて、いつも現在である「時」(ギリシャ語でカイロス)として、流れる時間の中に現れるのです。それは、会衆全員で唱える次の文言で分かります。

「主よ、あなたの死を告げ知らせ、復活をほめたたえます。再び来られるときまで」。

これは「信仰の神秘」と呼びかける司祭に応答するものです。因みに典礼書の指針は、「会衆はこの文言をはっきりと唱える」と指示しています。

さて、先ほどの御血の聖変化の言葉と、それに続く、「信仰の神秘」への応答の文言との関連性について説明しなければなりません。

イエスは最後の晩餐でのイエスの先の言葉を発してから、捕らえられ、翌日裁判にかけられ、死罪を言い渡されて、十字架刑で死亡します。しかし、ご自身が予言していた通り、三日目に復活して、弟子に現れたのです。

信仰の神秘の文言は、復活したイエスに出会った弟子たちの応答なのです。つまり、最後の晩餐で発したイエスの言葉は、彼の死と復活を経て、初めて現実のものとなったのです。言葉だけではなく、実際の死とそれに続く復活によって、肉体を持つ現実の私たちの信仰の核心となったという意味です。

私たちはミサ中、共同祈願の所で天の御父に向かっていろいろなお願い事をします。特に現在、ウクライナやパレスチナのガザ地区に一時も早く平和が訪れるように祈っています。実に、ミサ全体が本来、平和を祈願するものであると言えます。

ミサ中、司祭は何回も「主の平和が皆さんとともに」と会衆に呼び掛けています。

聖体拝領前の交わりの儀では、会衆が主の祈りを唱えた後、司祭は会衆を代表して、次のように祈ります。

「いつくしみ深い父よ、すべての悪からわたしたちを救い、世界に平和をお与えください。あなたのあわれみに支えられて、罪から解放され、すべての困難に打ち勝つことができますように。わたしたちの希望、救い主イエス・キリストが来られるのを待ち望んでいます。」

世界の平和のために祈った後、司祭は、「主よ、わたしたちの罪ではなく、教会の信仰を顧み、おことばのとおり教会に平和と一致をお与えください。」と続きます。

つまり私たちは他人様の平和を祈願するだけではなく、私たちの間の平和と一致をも祈願しているのです。それから、会衆はお互いに「平和のあいさつ」を交わし合います。これは和解を意味しています。

続いて、「平和の賛歌」を唱えます。その内容は、「世の罪を取り除く神の子羊」に懇願するものです。

世の罪を取り除く神の小羊とは、十字架上で生贄とされたイエスのことを指しています。そして、その意味は、まさに最後の晩餐での御血の制定の言葉通りです。因みに「世の罪」とは、人類の罪の総体と言ってもいいでしょう。

ヨハネ福音書の冒頭では、光を拒絶する闇のことを指しています。

「光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇を愛した。(中略)悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみ出されるのを恐れて、光の方に来ない…」(ヨハネ3・19~20)

このことがいわゆる「世の罪」であると言えます。そして、いよいよ、私たちは、このイエスを拝領することになります。

私たちはいろんな動機でミサに与かることでしょう。ミサの本来の呼称はエウカリスチアというギリシャ語で、直訳すると「良いめぐみ」という意味です。日本語では「感謝の祭儀」とか「ミサ聖祭」と呼ばれています。つまり私たち人類にとつて、ミサは「すべての善の源」と表現しても過言ではありません。

心の内に秘めた神への信仰を目に見える形で、しかも信仰を持つ仲間と連携するためにも主日のミサに参加することは大切です。私たちの信仰は教会の中で生まれ、教会の中で育つのですから。

カトリック教会は主日のミサに参加することは信者の務め(義務)と定めています。

鹿児島カトリック教区報2023年12月号から転載

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