司教の手紙

司教の手紙⑥---教区シノドスのテーマは教会の三つの柱

更新日:

集まり、交わり、派遣されるの3つを生きる

皆様お元気でしょうか。今年10月13日、14日に開催予定の教区シノドスのテーマは「教会の三つの柱(集まり、交わり、派遣される)を生きる」に決めました。

神父様方のためにギリシャ語で言うとエクレジア、コイノニア、アポストロスになります。日本語はどうしても、ギリシャ語の持つ意味の一部しか表現しないので、信者さんに対して神父様方に捕捉説明をお願いするつもりで記しました。それで、この三つの言葉を私なりに説明します。

エクレジア=呼び集められた人の集会

①エクレジアとは、日本語では「教会」と訳されている言葉ですが、元の意味は、呼び集められた人の集会という意味です。誰によって呼び集められたのかというと、神の呼びかけによって、それに応答した人たちの集まり、ということになります。この応答のことを「信仰」ということができます。信仰と聞くと、何か難しいことのように感じますが、ただ、神様の呼びかけに素直に応答するだけなのです。

日曜日にはミサに集まりなさい、という神の呼びかけを何人の人が意識しているでしょうか。「それは十分わかっています。でもこの世の生活のためには優先すべきことがあるのです」と神様に弁明していると次第に、神の呼びかけが聞こえなくなっていきます。

しかし別の観点からも見ることができます。実は、仕事や家庭の事情で、どうしても主日にミサに参加できない、しかし、聖書を読んだり、祈りをしたりして、心の渇きを満たしている。そんな人がいるかもしれません。それも信仰の行為だと言えます。なぜなら聖書は元来、神の呼びかけに応えていくイスラエル民族の歴史を描いているものだからです。

換言すれば、神との対話の中で、困難な人生を切り開いて行く、そんな人々の生きざまが描かれているからです。

コイノニア=交わりと一致

②コイノニア。この言葉は、交わりと一致という二つの動きを内包している一つの言葉です。日本語訳の一つには、共同体というのもあります。この言葉はわかったようで、実はわからないものです。なぜなら、交わりと一致という人間の行為がなければ、共同体は成り立たないといえるからです。

このギリシャ語が、ラテン語になると一般用語では自治体、典礼用語になるとコムニオ、つまり聖体拝領という意味になります。つまり聖体拝領によってキリストと交わり(一致し)、同じキリストを拝領するので、他の信者さんと交わる(一致する)ことになるというわけです。

第二バチカン公会議以前は、キリストとだけ交わることが意識され、自分以外の信者さんとの交わりは、強調されていませんでした。しかし現在では、キリストと交わることは、他者と交わることの原点であることが強調されます。イエスが説くブドウの木とその幹の関係(ヨハネ15章)を吟味すればよく分かることです。

アポストロス=派遣される

③アポストロス。この言葉は、派遣という意味ですが、ポイントは、派遣主がいる、ということです。自分が自分を派遣するとは言いません。

聖書の中でのこの言葉の厳密な意味は、復活イエスの、12弟子の派遣です。イエスには72人の弟子を派遣する話もありますが、聖書ではアポストロスを使うとき、12人の弟子のことを指し、彼らだけにこの言葉を当てています。カトリック教会には、信徒使徒職という言葉があります。これは、信徒の身分でありながら使徒職を果たす、という意味です。

つまり「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16・15)という、12使徒に与えられたこの使命に信徒が参与し、12使徒(12使徒の後継者は司教団)とともに働くことを信徒の使徒職、と言います。

お勧めの記事

中野裕明司教の紋章 1

教区の皆さま、お元気でしょうか? 新型コロナ禍、自然災害等、心配事が多い中、希望を失わずに前進してまいりましょう。 シノドス提言の実践、今後の進め方のポイント さて、皆さまのお手元には、「教区シノドス ...

中野裕明司教の紋章 2

教区の皆さま、お元気でしょうか? 「教皇フランスコ訪日講話集」(カトリック中央協議会 2020年1月25日)のはしがきで菊地功東京大司教は次のように書いています。 「わたしたちは、薄っぺらな言葉が飛び ...

中野裕明司教の紋章 3

心を変えましょう!私たちの心が、少しでもイエスのみ心に近づくことができますように。

中野裕明司教の紋章 4

「見たこともないのに愛し、見なくても信じる」 「キリストを見たこともないのに愛し、今見なくても信じている」罪と死に勝利した主イエス・キリストの復活、おめでとうございます。 教区の皆さま、お元気でしょう ...

中野裕明司教の紋章 5

宣教部会は、基本的な精神として、人間に対する徹底した奉仕を目指すものと考えています。ただ、宣教という言葉は、「福音を宣べる」という意味ですが、言葉と行いで、福音を宣べ伝えることを「福音宣教」と考え、愛の実践は「福音化」という表現の内容であると理解したいのです。

-司教の手紙
-

Copyright© カトリック鹿児島司教区 , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.