司教の手紙

司教の手紙⑬---年頭の辞で発表した3部会のモットー

投稿日:2020年1月31日 更新日:

教区の皆様お元気でしょうか?
今回から年頭の辞で発表した「信仰部会」「典礼部会」「宣教部会」にモットーを掲げてそれについて説明していきたいと思います。

信仰部会のモットー「悔い改めて、福音を信じよ」

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信じなさい」(マルコ1・15)。

これはイエス様ご自身の宣教活動開始時のご発声です。年の初めに、私たちもイエス様の追随者(フォロアー)としてこの言葉を心に収めたいと思います。

時は満ち

歴史的事実としてのイエスの登場で、新しい時代が到来しました。それは古い時代が終焉したということです。古い時代とは、イエスが誕生するまでの歴史のことです。私たちキリスト教徒は、この二つの時代を、新約時代、旧約時代と呼びならわしています。しかし、過ぎ去る時間の中に決定的な神の介入を捉えるとき、そのことを「時は満ちた」と表現します。

神の国は近づいた

近づいた、とはすでに来ていると、いう意味です。まだ乗り込んではいないが、ホームに滑り込みつつある電車を待つわくわくした状態だといえます。

悔い改めて

ある教区の青年たちが、転任する司教様へのお別れのあいさつで「司教様、よく食い改めをして下さり感謝します」言っていました。気前の良い司教様から「よく食事をいただいた」という意味でしょうが、それらが「悔い改めに」に繋がることを司教様は、望んでいらしたのかもしれません。

福音を信じなさい

「福音を信じなさい」:日常的には信じるよりも信頼する、ということが多いのではないでしょうか。「その人を信頼する」と言った場合、その人の言動にただ追随するということになります。しかし「信じる」と言う場合、その前提には「悔い改め」があります。なぜなら、福音とは、イエス・キリストご自身だからです(マルコ1・1ローマ書1・2参照)。

人祖アダムの罪と自分の責任で犯した罪よって神から離れている私たちはその距離を埋める必要があります。それが悔い改めです。従って「悔い改め」と「信じる」行為は、表裏一体だと言えます。信仰部会の取り扱う事柄は以下の通りです。

【目的】

喜びをもたらす信仰を目指して:頂いている信仰の見直しと深化

【方法】

  1. 神の言葉(聖書)特に福音書の分かち合いの実践
  2. カテケージス(子供・大人対象の信仰養成)研修・実践とカテキスタ(要理教師)の養成
  3. 「黙想会」「練成会」の企画運営
  4. 「祈りのグループ」の連携---などです。

最後に、テキストとして、教皇フランシスコの使徒的勧告「福音の喜び」を用います。

【音声版】司教の手紙

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