司教の手紙

司教の手紙 ㊳ 聖母月に寄せて~聖母マリアと平和~

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教区の皆さまお元気でしょうか。

わたしたちはこの5月を聖母月として過ごします。それは、5月が自然の中に、生命の充満を感じとれる季節でありますし、典礼においては復活したキリストがもたらした永遠の生命を賛美する、復活節にあたるからです。

聖母マリアは、わたしたち信仰者の母として、これらの神秘に寄り添っていてくださいます。幼子が母親に思慕の念を抱くように、わたしたちは聖母に敬慕の念を抱きます。

それは理性と意志によるものというよりも情緒の念によるものです。この情緒の念は母親の胎内に宿ったときから芽生えるもので、母と子の深い絆を表しています。ゼロ歳から小学校に行くまでは、抱擁による繋がり、中学生まではしっかり手をつなぐ繋がり、高校生までは、目で注視する繋がり、高校生以降は、心による繋がりが不可欠だと言われます。

情緒は、感情に起因していますのでそれをうまく育てることで、人間の喜怒哀楽をうまくコントロールして、それを藝術の域にまで昇華することができます。

聖母マリアと幼子イエスとの繋がりもそのようなものであったと言えます。その証拠に、聖母マリアを題材にした絵画や彫刻等の傑作は、御子イエスとの繋がり(関係)を見事に表現したものです。

聖母マリアのことを観想するとき、この情緒の念に注目する必要があります。

さて、教皇フランシスコは、3月25日、神のお告げの祝日に「ロシアとウクライナの汚れなきみ心に奉献する祈り」をささげました。この祈りは、子としての教皇が教会を代表して、聖母マリアに懇願する形の祈りになっています。教皇は次のように祈りました。

「(前略)聖なる母よ、悲惨な罪の中で、疲れと弱さの中で、悪と戦争という理解しがたい不条理の中で、神はわたしたちを見捨てることなく、愛のまなざしを注ぎ続け、わたしたちをゆるし、再び立ち上がらせようと望んでおられることを、あなたは思い出させてくださいます。神はあなたをわたしたちにお与えになり、あなたの汚れなきみ心を教会と人類のよりどころとしてくださいました。神の恵みによって、あなたはわたしたちとともにいて、歴史の最も厳しい曲がり角においてもわたしたちを優しく導いてくださいます。わたしたちはあなたに頼み、あなたのみ心の扉をたたきます。あなたは、愛する子であるわたしたちをいつも見守り、回心へと招いてくださいます。この暗闇の時、わたしたちを救い、慰めに来てください。わたしたちに繰り返し語ってください。『あなたの母であるわたしが、ここにいないことがありましょうか』と。あなたは、わたしたちの心と時代のもつれを解くことがお出来になります。わたしたちはあなたに信頼を寄せています。特に、この試練のとき、あなたはわたしたちの願いを軽んじることなく、助けに来てくださると確信しています。(後略)」

幼い子どもにとって、恐怖と不安は精神を委縮させ、血流を滞らせる結果、心身の成長が妨げられることは多くの賢者によって明らかにされています。食べ物を摂取することで、身体の成長はまかなえますが、愛を摂取することなしに、心(精神)は成長しないのです。多くの人はこのことに気づいていません。科学技術の目覚ましい発達により、今日、あらゆる面でわたしたちの生活は便利になりましたが、その分、「自分だけ、お金だけ、今だけ」の風潮が蔓延していることも事実です。

母と子の絆、聖母マリアと信仰者であるわたしたちとの絆をこの聖母月に振り返ってみたいものです。

鹿児島カトリック教区報2022年5月号から転載

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