司教執務室だより

四旬節を前にして

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hai手元には、各教区の教区報や小教区、修道会からの通信が毎月送られてきます。先月の新年号には各教区の司教さんたちからの抱負や教区のこの一年の計が語られたりするので参考になります。そんな中で、立正佼成から贈呈された機関誌「佼成」と新聞には別の意味で興味深い記事がいくつか目につきました。

開祖様は巻頭言で「思いやり」についてこう述べておられます。
「思いを他へやるのです。愛の心・慈しみの心を人に捧げるのです。つまり、心の布施にほかなりません」(佼成)。

心の布施、という表現は初めて目にすることで大変新鮮に響きました。日常何気なく使う言葉から、こんなにも簡潔で分かりやすく、思わず「なるほど」と頷きたくなるような言葉が生まれることに驚きます。

私たちの言葉で言えば、「捧げもの」ということになるのだと思いますが、「心の捧げもの」という名詞としての使い方はしません。そういえば、「心田を耕す」という言葉も聞いたことがあります。説明を聞かなくても分かるような気がします。

ページをめくると現会長先生の法話がありました。前に読んだことのある「常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)」のお話でした。
ある修行僧は、自分を迫害する人にも、「私はあなたを敬います。皆、仏になる人だからです」と言って合掌したというのでこの名で呼ばれるようになったということです。

立正佼成会の教会に行くと、合掌の挨拶で迎えられますが、それはこのお坊さんに由来するという説明でした。美しい挨拶だといつも思います。

この二つの記事は、私に大きな呼びかけとなりました。一つは、自分の信仰を一般の人にも分かる言葉で表現する努力がいるということですが、これは信徒の皆さんよりも司祭の皆さんにまず求められることかもしれません。

もう一つは、頭の信仰から実際に生きた信仰への努力です。「みんな神さまの子」と信じているのに教会の中に「兄弟げんか」が絶えないのはどうしてでしょうか。誰をも軽んじない「常不軽信者」として、どの人にも「アーメン」言って合掌礼拝できたら素晴らしいと思います。

そういえば、18日は灰の水曜日。早くも四旬節です。当日の第一朗読の書き出しは次のようになっています。

「今こそ、心からわたしに立ち返れ。断食し、泣き悲しんで衣を裂くのでなく、お前たちの心を引き裂け」(ヨエル2・12)。
日本語らしく言えば、「心田を耕せ!」ということになるのでしょうか。

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