司教執務室だより

マリアさまの白ユリ

更新日:

yuri五月と言えば聖母月。聖母月で思い浮かんだのは「五月のきさきをあめつち歌う、ひととせ巡りてユリ咲く季節…」というあの聖歌。口ずさんでいると懐かしさと共にほろ苦い思い出もよみがえった。

小さな峠を越えたところには侍者仲間の同級生が3人もいたので、放課後、よく遊びに行ったものだ。そのうちの一人は叔父さんの家と隣合わせで、裏には段々畑があり、サトウキビやイモが植えてあった。奄美では、自生の白ユリをどこでも目にすることができるのだが、友人の叔父さんの芋畑も例外ではなく、季節になると芋づるの間から白ユリが咲きだすのだった。

誰に頼まれたのか記憶にないが、ある時友人と連れ立ってユリの花をとりに出かけた。一抱えもとって帰ろうとした時だった。

「こらっ、そのユリどうするんだ!」顔を上げると怖い顔の叔父さんが庭先からにらんでいた。「教会に…」どぎまぎしながら答えた。信者の叔父さんだけに、教会という言葉に反応された。

「あー教会。日曜日ワシが持っていこうと思っていたのだが…。」

振り上げたこぶしの始末に困っておられたようだったが、せっかくマリア様に喜んでもらおうと思ったのに、横取りされたようで悔しかったのかもしれない。子ども心にも申し訳ない気持ちになってスゴスゴと芋畑を後にした。

あれから60年。すでに住む人もなく、芋畑も樹木に覆われているに違いない。

ところで、聖書の植物の庭ではアーモンドの実が大きさを増し、オリーブの花も満開。幹だけだったブドウもツルが伸び、葉も青さを増している。そして、マリア様を覆うように咲いていた黄色の可愛いモッコウバラに代わって白ユリが出番を待っている。

ここを訪れる人々が聖母の執り成しで信仰の花を咲かせるといいのだが。

お勧めの記事

中野裕明司教の紋章 1

今回は世界宣教の日(10月23日)に因み、禁教令下最後の宣教師シドティ神父についてお話します。彼は、1708年屋久島に上陸、すぐに捕らえられ、長崎の奉行所で尋問を受け、翌年、江戸に送られ、キリシタン屋敷に収監されます。

中野裕明司教の紋章 2

教皇フランシスコが命がけで、訴えていることは、二つの回勅で指摘されていることがらが真実であるかどうかを、私たちが暮らしている現場、あるいは日常生活の中で確認する作業を怠らないようにということです。

中野裕明司教の紋章 3

イエスの指摘(マタイ10・34~39)は、私たちの生活の現実を見事に言い表しています。つまり、たとえ血縁関係にあっても平和は構築しがたい、もし平和が欲しいなら、自分とイエスとの関係性で考えなさい、という勧告です。

中野裕明司教の紋章 4

「いのちの福音」は神からいただいたすべての「人間のいのち」について、カトリック教会の教えを体系的に論述したものですが、私は、胎児のいのちに限り、論点だけをお話いたします。

中野裕明司教の紋章 5

「イエスのみ心」の信心の始まりは、あくまで十字架上で血を流された、あのイエスの心(愛)を観想することです。「永遠のいのちの糧であるパン」と「多くの人の罪のゆるしのために流される血」を受けて、イエスの愛を生き、他者を愛する力が与えられるよう祈りましょう。

-司教執務室だより
-

Copyright© カトリック鹿児島司教区 , 2022 All Rights Reserved Powered by STINGER.